猫のためにも。

昨年、10月に溺れかけているところを助けた猫のゴマちゃん。2017.5.1に亡くなりました。肺炎でした。骨の形が奇形であると言われており、長くは生きられないかも、とは言われておりましたが、こんなに早くに亡くなったことを彼女の身体の弱さのせいだけにはできません。

猫が初めてで、なのにアクシンデント的に突発的に拾ってきてしまい、全ての対応が後手後手でした。今思うことは、後悔ばかりです。もし、他の人に渡っていれば、障害がありながらでももっと幸せに生きられたかもしれない、そう思います。

周りの人は、「溺れかけていたところをあなたが助けなければ、もっと早くに死んでいた。暖かい場所とご飯をもらい、少しでも長く生きられたんだから、彼女は幸せだった」と言ってくれます。私を慰めるための言葉をありがたく思います。だけど、死んでしまったゴマちゃんにとっては、その事実は良くも悪くもありません。幸せだったかどうかなんて調べようもありません。

私が見つけなければ人間と関わりなく死んでいたところを、拾われたことで、彼女は周りの人間に影響を与えながら生きることとなりました。そして、その闘病中も沢山の人に気にかけてもらって、そして命を終えました。

私はゴマちゃんとの時間の中で沢山のことを知り、経験しました。目の前でどんどん弱っていくのを見ながら、この経験はトラウマになるだろう、もう一生猫を飼うことはないだろう、猫も見たくないし、今回のことは忘れてしまいたくなるだろう、と思っていました。

でも今は違う思いです。私が彼女と出会って得たことは、また別の誰かに還元すべきことだと思っています。

ゴマちゃんと出会った日。それは偶然がいくつも重なり、誰かに背中を押されるようにゴマちゃんの側に近付きました。とても不思議な気持ちでいました。何か意味があって来たのかもしれない、そう思えることでした。

死ぬときもわかりました。まだ息があるうちにたくさん言葉をかけました。苦しくなっているところを見つけた時、すぐに酸素を口元に運ぼうとしましたが、普段抜けるはずのないチューブが抜けており手遅れでした。

誰かに操作されているのではないかと思える瞬間でした。

ゴマちゃんと出会って半年間の出会いや出来事に意味があるのなら、これをこのままにせず、猫の勉強を始めよう、そう思いました。すでに始めていたキャットトレーニングのオンラインコースも続けられないかもと思っていましたが、今はゴマちゃんのためにもきちんと終えたいと思っています。

勉強中、猫のエンリッチメントなどを考える時、ゴマちゃんにしてあげられなかったことがどんどん出てきて辛くなります。けど、少しずつでも乗り越え続けていき、ほかの猫の役に立てるようになりたいと思っています。

ゴマちゃんありがとう。

最後に、ゴマちゃんを診てくださった先生、気にかけてくださった皆様にお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。

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